第1章

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『To be with you?』 僕らがまだ産まれていない頃に流行った曲だ。アメリカのバンドMr.BIGの出した有名な曲『To be with you』。好きな彼女に他の男が居て、その切ない思いを歌にした名盤のバラードだ。 To be with you、君と一緒に居たい そのフレーズはよく覚えている。 マサユキはギターは下手だったが、歌はうまかった。さすが人生の半分以上をアメリカで生きてきたせいか英語の発音が本場だ。しかも英語で歌っている彼はいつものおちゃらけた男じゃなくって、カッコ良く見えた。 『どうだ、見直したか?』 『す、すごいよマサユキ!』 歌い終わったマサユキは少し自慢げに鼻の穴を広げだ。あぁ、いつものマサユキに戻ってるじゃないか。 『いいか、英語はワードで覚えるな。大切なのはハートだ』 『ごめんちょっと意味が分かりません』 『いいから俺に続いてレッツシング!』 『う、うん…』 マサユキは何やらカッコつけてそんな事を言ったが、実際彼の英語は勉強になった。発音も綺麗だし、僕に分かりやすいように一単語ずつゆっくり発音してくれる。これは下手に英会話教室に行くよりもいいかもしれない。 彼はギターを弾きながら何度も歌い、僕はそれに被せるように歌った。 誰かと歌を歌うのは楽しい。僕はなんだかんだこのヘンテコな隣人が嫌いじゃないのかもしれないな。 『マサユキは何で日本に戻ってきたの?』 ふと気になってそう聞くと、彼はギターを弾く手を止めて顔を上げた。 『本当はアメリカで働いててさ、こっちは旅行みたいなモンなのですよ』 『え、じゃあいつ帰るの?』 『最高の1枚が撮れたら帰るよ』 彼はそう言って手でカメラの形を作った。そうだ、彼はカメラマンだったな。言われてみれば夜な夜なカメラ片手に街に出ている。 『カメラマンはさ、常に新しいものを追っかけっこしないとな!』 『う、うん』 ちょっと日本語が違うけどそこもマサユキの個性と思う事にしよう。なんにしてもマサユキはカメラを持っていると輝いているし、なにより楽しそうだ。それはギターを持っている俺とも似ている。 まるで子供が初めて玩具を与えられた時のように、僕らの顔は輝いているのだろう。
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