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「一回さ、会ってみたら?麻宮さん」
いまだ財布の中で日の目を見ない名刺。あまりにも時間が経ちすぎて失礼な気もするけど、連絡してみようか。
「ま、普通はコンパの後にすぐお礼メールを送るもんだけどね」
背中に嫌味が刺さる。
それを無視して、あたしはスマホの画面に文字を打ち込んでいく。
送信して十分足らずで、デスクの上のスマホが震えた。差出人はもちろん麻宮さん。
「早い。ちゃんと仕事してるのかな」
「人より自分の心配しなさいよ。何て返ってきたの?その前に何て送ったの?」
リターンメールを見せると、しばらく無反応。かと思えば、ほえーとか、ふーんとか、こちらが返しに困る感嘆を上げた。
「受け入れ態勢万全じゃん、麻宮さんてば」
「…やっぱそういう意味?これ…」
「意味も何も、ストレートすぎてこっちが恥ずかしいわ」
受け取ったスマホの画面を再び見る。確かに、これはストレートすぎて深読みする必要もない。
『こちらこそ、ありがとうございました。脈ナシかなって思ってた分、すごく嬉しい。おかげで次の商談もまとまりそうです。急だけど、今夜付き合ってもらえませんか?』
「ほら、嬉しいでしょ?そういうメールもらうと。ドキドキするでしょ?」
真里の言う通りだ。この感じ、いつ以来だろう。
この先、何て返事しようかな、早くメール来ないかな、なんて考えてワクワクしたりするんだろうか。
「行ってきなよ、会議終わったらさ。十九時前にはあがれるでしょ」
「でも…急すぎて何も準備してない」
「何の準備よ。エッチするわけじゃないんだから必要ないでしょ」
ぐうの音も出ない返しをされて、従うしかなかった。
大丈夫。間違っていない。間違っていたのは今まで。
藤次郎は、面白くないかもしれない。おもちゃを取り上げられたみたいに、最初は拗ねるかもしれない。
でも、これから幸せになる彼の邪魔を、あたしがしてはいけない。ただ純粋に藤次郎を想う眞由美さんを、傷付けてはいけない。
好きだから、バイバイ。
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