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麻宮さんと待ち合わせをしている駅の二つ手前で真里は降りた。別れ間際、今日の下着の色を訊いてきたので、ノーパンとだけ答えておいた。エッチするわけじゃないのにと言っていたのは真里なのに。きっと彼女も、麻宮さんとあたしがうまくいけばいいと思っている。
もしも麻宮さんにそういうつもりがあるなら、障害は何もないのだ。
改札を出たところで、売店の前の柱にもたれる長身の男性を見つけた。今日は眼鏡装着。目元の泣き黒子がやっぱり印象的だ。
「すみません、待たせちゃいました?」
「うっわ…本当に来てくれた」
苦笑いにも近い表情を浮かべて彼は言う。来ちゃいけなかっただろうか。まさかあたしが来るかどうか賭けをしていたとか…有り得ないこともない。
「あ、ごめん。実はちょっと不安だった。来ないんじゃないかって」
「え?」
「いや、今日この子とデートするんだっていうのがちょっと信じ難くて。あー、何言ってんのかな。相当舞い上がってるよな」
聞いているこっちが恥ずかしくなる。でも、素直に嬉しかった。
「連絡ありがとう。めちゃくちゃ嬉しかった」
「…はい」
「行こうか。会社のヤツに美味しい店聞いたんだ」
はい、と当然のように差し出された左手をあたしは取れなかった。そんなあたしを見て、彼はやってしまったというようにバツが悪そうな顔をした。
「スマート…ですね」
「んー、否定はしないかな。女の子が喜ぶことをしようっていうのはいつも思ってるし。その代わり、遊んでそうって言われるけどそれは心外」
プン、とわざとらしく拗ねる様子に思わず笑ってしまう。
「あ、今の可愛かった?」
「今のも喜ばせようとしてやったことなんですか?」
「どっちでしょー」
世のカップルは、こんなやり取りを当たり前のようにやってのける。今のあたしたちも、傍からは恋人同士にも見えると思う。
ふと、携帯をバッグから取り出す。ボタンを押しても、何の通知もない。
少しだけ、もしかしたら、と思った。
去り際に見た藤次郎の横顔が、色んな想像を掻き立てる。こういう時、文学部は強いと思う。
化粧直ししたあたしを見て、誰か他の男と会うんじゃないかって心配しているとか。あのメールの意味を教えてくれたり、とか。
もちろん、藤次郎があたしに気があるっていうことが大前提だけど。
ああ。もう、末期かも。
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