2/2
前へ
/97ページ
次へ
鋼の包丁が家に一丁ある それを研ぐのはいつも兄の役目で 兄は祖母から研ぎ方を教わったのだという 確かに祖母は愛用の包丁達を、いつどれを見ても鋭く鈍く鋼の輝きを放つようにしていた 幼い私の耳に残る砥石と鋼が摩れ合う音 いつも嫌いだった 悲鳴にしか、聞こえなかった シャッシャッシャッ 一定のリズムで、悲鳴は聞こえた 悲鳴が止むと、祖母の無骨な手がするりと掲げた包丁の腹を撫でる その仕草が、何故か怖かった ぽとり、ぽとり、と水滴を落とす包丁が、ぬるりと光ってた 兄は、祖母に教わって十年が経った今でも、祖母と同じ研ぎ方をする 祖母よりも綺麗な細い兄の手を、するりと、薄く薄く研ぎあげられた刃が撫でた 目を丸くして兄は、はにかんだ笑顔で「あほやな」と言った おれ、あほやな
/97ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加