第1章

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 〔1〕 『彼女』の繊細な場所に触れる時は、細心の注意を払わなくてはならない。  浩人は静かに息を吐きながら、指先に全神経を集中させた。  落ち着かせるように優しく、首から下へと這わせる指が身体で最も柔らかな部分に触れると、薄い皮の下に生暖かな液体が脈打つのが感じられた。 何度も何度も、愛撫するように繰り返しなぞる。すると『彼女』は身をよじらせ、浩人の指に噛みついた。 「そうそう、思い切り噛みついて……可愛いヤツだな。あっ、でも、あまり暴れると首がちぎれちゃうよ?」  絹のような手触りと、簡単に頸を引きちぎる事が出来る嗜虐的快感。心拍数が上がり、全身が高揚感に満たされていく。 「君は本当に綺麗だね……」  恍惚の溜息を吐きながら、浩人は『彼女』を眺めた。  透き通るように鮮やかな若草色の身体。逆三角形の小さな頭についたエメラルド色の瞳が、真っ直ぐに浩人を見つめている。  悪戯心から長い触覚に息を吹きかけると、イヤイヤをするように鎌形に反った長い前足を動かした。  一辺が八〇センチほどもある飼育箱に注意深く『彼女』……雌のオオカマキリを戻し入れ、浩人はきっちりと蓋を閉めた。  飼育箱に置いた枝から逆さにぶら下がり、『彼女』は動かない。少し、疲れさせてしまったようだ。  時折吹き込む心地よい風が遮光カーテンを揺らすと、筋状の光彩が薄暗い部屋の中に閃いた。そのたび驚いて『彼女』は首を巡らす。  何時間でも『彼女』を観察したい所だが、まだ今日の餌を与えていない事に気が付き、浩人は飼育箱を乗せてあるローボードから離れた。
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