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「隣? 『201号室』ですか?」
ああ、そうです。この時に私が何を考えていたかは良く覚えています。
隣の空き部屋『201号室』が『事故物件』であることをこの男性は知っているのであろうか?
ここでそれを話題に出しても良いものなのだろうか?
……そう、私は思考を巡らせていたのです。
そんな私に向かって男性は苦笑いをしながらこう答えました。
「いえいえ、『201号室』ってアレですよね。さすがにそっちに住む勇気はないですよ! そのお話しは不動産屋からきちんと聞いています。今、こうしてお隣の部屋に住んでいらっしゃる『●●さん(私の苗字)』から何も苦情が来ていないと言うので僕も引っ越してきたんですよ。あれ? ……もしかして……何か出たりするんですか?」
その男性の問いに私はどんな返答をしたのかよく覚えておりません。恐らく曖昧な言葉で誤魔化してその場を凌いだのだと思います。
その男性が私の隣の部屋……
『203号室』のカギを開けて中に入っていくのを確認すると私はネットで自分のアパートの賃貸情報を確認しました。サイト上ではまだ賃貸情報が最新のものに更新されていないらしく『203号室』は『201号室』と同様に『空き部屋』となっておりました。
はい、そうです。
私の隣の部屋『203号室』には誰も住んでいなかったのです。
そして、その日を境に現在へと至るまで、出勤時に毎朝顔を合わせていた『203号室』の親子(小母さんとそのお子さん)とは一度たりとも顔を合わせておりません。
ああ、しかしながら、今でも休日に昼寝をしていると偶に夢を見るのです。
そう、朝起きて会社に出勤する夢を――
玄関を開けて外に出ると『203号室』の前には決まってその親子がいます。
私は軽く会釈をしてその場を後にするのですが、会社へと急ぐ私の背中に子供の声が聞こえてくるのです。
「助けて、助けて……」、と。
冗談じゃありません!
助けて欲しいのはこっちの方です!!
何故、私は休日である夢の中まで……
会社に出勤しなければならないのでしょうか?
――マジ最悪な気分です。
そう、これは紛うことなき『悪夢』です。
―― 了 ――
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