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「あ! この本、懐かしい!」
木戸が紙袋の中から一冊の本を取り出した。
『面白い数学の世界』
本の表紙にそう書かれているのが見えた。
科目名じゃないとなると参考書じゃないだろう。
なんだか、数学入門書みたい。
しかも、なんなんだ。
その『数学を好きになろうね』アピールしているような表題は。
まさか、この男は昨日、数学をけなしたことをまだ根に持っているのだろうか。
「僕もこの本読んだよ! 表題どおり、本当にすごく面白いよ!」
「そうなんですか……」
木戸の絶賛振りに、少し読んでみてもいいかと思ってしまった。
「それに、これで君もM研確定だね!」
「え?」
「その本、M研に入ったらまず最初に読まさせる本なんだ」
うわ‥‥。
絶対、読みたくない。
絶対、読まない。
その本が一瞬にして封印本になる。
「木戸、お前は油売ってないで、さっさと研究進めろ!」
イライラ気味の向井が木戸から本と紙袋を取り上げると、真歩にドサと渡した。
「神崎、わざわざ寄って貰って悪かったな。帰っていいぞ」
「え? あ、はい」
向井から発せられた言葉に、真歩は耳を疑った。
わざわざ寄って貰って悪かった?
まさか気遣ってるの?
木戸が居るから、そんな言い方をしたのだろうか?
2人きりだったら、違った?
冷酷で非情な男。
いつも冷めていて、刺刺しい男だと思っていたのに。
夢中になる熱さがあったり、打ち負かせない相手がいたり、さりげない優しさや気遣いを垣間見せたり……。
この男の正体が計り知れない。
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