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脈音を聴きながら、「俺が送るって言ったのにお前が断るから悪い」と向井に叱られた理由を考えた。
記憶をさかのぼり、そういえば最初の授業の後、向井がそんなことを言っていたような気がした。
この男に家まで送ってもらうなんて受け入れ難かっただけに、たぶん思いっきり拒否したはずだ。
あの時のことを言っているのだろうか?
でも、どう考えても拒否するだろう。
「これからは自宅までしっかり送らせろ」
脈音と共にくぐもった向井の声が胸元から聞こえた。
自分の声が向井に届いてしまったのかと思い、ドキリとする。
「離れて見送るにも限界がある」
向井の腕に押さえつけられているせいで、声は聞こえても、向井の表情は見えなかった。
離れて見送るにも限界がある?
もしかして、あの日からずっと見送ってくれていたってこと?
まさか、自宅まで?
今まで、ずっと毎日?
だから、痴漢に襲われた自分をタイミングよく助けてくれたってこと?
向井の腕が緩んだと同時に、真歩は向井の顔を見上げていた。
なんで、そこまでしてくれるの?
「いいな? 拒否権はない。返事は?」
睨むような目で威圧する向井の表情は怖いように見えて、その下に心配や安堵を隠しているように感じた。
「‥‥‥はい」
口が勝手に答えていた。
またしても向井の提案に従わされてしまっている。
真歩は結局、この男と過ごす時間が30分も増えてしまった。
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