1335人が本棚に入れています
本棚に追加
「あそこにいたんだ」
あそこからずっと君を見ていた。
ワニさんは全然動かない。
餌をもらう時だけ動く、あ、あと掃除の時も飼育員の井出さんに促されて、思いっきり渋々って感じに動いてた。
そんな君を見つめていた。
背中の鱗がすごく綺麗でさ、ほら、レッサーパンダにはそんな鱗なんてものはないから、最初は珍しいなって程度だったけど。
なんか、見ているうちにどんどん他のワニと違って見えてきてさ。
「君は、レッサーパンダ、だったのか?」
「そうだよ」
「そして私と同じように人間にされてしまったのか?」
「あー……まぁ、そうかな」
本当は違う。
それを願ったんだ。
毎日強く強く願った。君と恋をしてみたいって願ってた。
「これはどうしたらいいんだろうな。人間になるなんて。君は色々聞いているのか?」
「あーうん」
聞いてるよ。全部聞いた。
「僕らはね――」
でも、君に全部を話したら、とてもショックを受けるかもしれない。
だって、君にしてみたらこんなのとばっちりだろ? 勝手に人間に変えさせられてしまった。
それなのに、雌じゃないじゃんなんて言われても、そんなの君にしてみたら酷い言い草だよね。
だから、自分にとって都合の良いように端折って話してしまった。
このランドが潰れかけていること。僕らはそれを立て直すために人間になった。
「そんな……」
「ワニさん?」
でもさ、三ヶ月、ぼーっと人間のまま過ごしていたら、元の姿に戻れるんだ。
君は、とばっちりでこんな姿になってしまったけれど、しばし人間生活を楽しんだ後、三ヶ月後、ワニに戻れるんだよ?
雄同士で恋愛になんてなるわけないんだし。
生活のほうは神様がしっかりフォローしてくれるらしいし。三ヶ月間、ぼーっとしていよう。
「ここのランドが潰れてしまうなんて」
そう悲しい声で呟いたワニさんのワニ色の瞳から大粒の透明な雫が落っこちて、それが涙だと知った。
そして、涙がこんなに綺麗で、けれど、見てるだけで悲しくなってしまうものだって、脳内に詰め込まれていた知識のひとつが今、本物になって身体に染み込んできて、心臓がトクンと鳴った。
最初のコメントを投稿しよう!