ばっちゃの柿の木

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過疎化の勢いというものは凄いもので、一人の若者が外へ出れば芋づる式に都会に憧れた若者達が次から次へと都会へ流れていく。 米田ツネの住むこの村でも、それは同じ事だった。 年寄りばかりのこの村に最後に子供が生まれたのはいつの事だったか。 まだ赤子だ、子供だと思っていた向かいの山田の息子も先日久しぶりに帰ってきたと思ったら、そのまま仕事の都合で海外へ永住すると言って村を出た。 若者の活躍は喜ばしいことだが、一人、また一人と櫛の歯が欠けゆくように周りの家が空き家になっていくのは残された年寄りにとっては寂しい事だった。 そんな中、ツネがさつまいも畑にイノシシ除けの電流の網を仕掛けている時に、世話役の鈴木源治が訪ねてきた。 「ヨネちゃんよぅ、隣の空き家は元は誰が住んどったかのぅ?」 必要以上に大きな声で源治はツネに声をかけるが、ツネは返事をしない。 黒い長靴で柵の周りをガシガシと踏み固め、泥のついた手で電流のワイヤーを器用に柵に絡めていく。 そんなツネの様子を見ても、源治は気にしない。 ツネがイノシシ除けの網をかけ終わるまで、源治は下に生えている雑草を抜いて時間を潰す。 「……ワシの隣にいた奴は、中森さんじゃなかったかの?」 ツネが答える頃には源治の周りの雑草はほとんど抜かれていたが、源治は怒るふうでもなく 「そうじゃった、そうじゃった」 と思い出したように手を打った。 「その中森さんとこの倅のな、末息子を覚えとるか? 悪さばっかしとった、タカシじゃ」 源治の言葉にツネは遠い昔の事を思い出そうとしたが、タカシ云々よりも中森の倅の顔すら記憶に登ってこない。 「さぁてわからんねぇ。そのタカシがどうかしたんか?」 「そのタカシがよ、帰って来とらんか? って知らん男に聞かれての。ヨネちゃんの隣じゃから、一応言っといたほうがええと思っただよ」 源治は言うだけ言って、田んぼのあぜ道を歩いて自分の畑へ帰って行った。 仕掛けをかけ終えたツネは、曲がって凝り固まった腰をうんと伸ばして空を仰いだ。 あと少しもすれば稲も黄色がもっと濃くなって刈らないとならない。 早い田んぼではもう稲刈りが始まっているようで、時折トラクターの下がる時のブザーの音が定期的に聞こえてきていた。 「タカシのぅ……」 ツネの隣の家といっても、田舎の家は庭も広い。 隣の家と立ち話をしても、その声はおろか、姿さえよく見えない事もある。
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