過去に戻りたい男

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だから、正直驚いた。 由宇が、俺の勤める会社に就職してきたとき。俺は幻でも見ているんじゃないかとさえ思った。 逃げるように離れていったはずなのに、また、俺に近付いてきた。 だから、勘違いをした。 もしかして俺は、嫌われていなかったかもしれない。本当は、ただ、照れ臭かっただけかもしれない。初めてをお隣さんに奪われた動揺で、どうしていいかわからなかっただけかもしれない。 けれどそんな、希望的観測とも言える俺の憶測は見事に外れた。 入社した当時、由宇には立派な彼氏様がいたし、ハイレベルな秘書課に配属されたあいつは一躍注目の的となり、説明不要だが外見は文句ないもので、男たちが放っておくはずもなかった。 対して俺は、出世だけを考えて生きてきた嫌な男代表みたいなもんで、社内の男は全員敵。女性は相も変わらずチヤホヤしてくれたけど、だからといって結婚したいほど誰かを好きになったわけでもない。 亜美と別れてしばらくは優雅な独り身生活で、秀次郎と一緒に住むマンションに適当な獲物を連れて帰っては、名前も連絡先も聞かずにさようなら。 本物の、最低男。 あの当時、秀次郎は俺をどう思っていたのだろう。 そんな俺も、三十三というぞろ目の齢を迎えてからはそろそろ落ち着こうかと考え始め、秀次郎を残し由宇と出逢ったあのマンションを出た。 そうすることで、なんとなくけじめがつくような気がしていた。 ある日、社内を見渡してみた。 同期や同世代の男は見事にゴールインを決め、俺が出世出世と息巻いている間に、周りはどんどん先に行っていたことを実感した。 別に、仕事ばかりで生きてきたことを後悔したわけじゃない。ただ、そうしたおかげで何か大切なものを失くしてはいないかと心配になっただけだ。 「間宮くんが良ければ、うちの娘と仲良くしてやってほしい」 社長令嬢に見初められ、大出世へのレールが敷かれるなんて、よくある話。相手は、本当に一回り離れた二十一歳の女の子。当時、由宇は二十四歳。更に大きな年の差に、全く躊躇しなかったと言えば嘘になる。 それでも、そんな美味しい話を断る理由もなく。俺の人生はこれで上手くいくと信じて疑わなかった。 そしてその間に、由宇は彼氏と別れ、ますます綺麗になっていった。
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