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づかない方がいいと言い残して去って行った。
嵐のような一時が過ぎた後、私は茫然と洋館を見上げた。
今の話は本当なの?
ここは空き家で、ピアノを弾いていた女の子はもう亡くなっていて、ピアノもすでにこの家にはない…。
見る限り、とてもそんなふうには思えない。
家は綺麗だし、門の所から少しだけ見える庭も荒れた様子はない。
人がいるのを見たことはないけれど、両親は共働きで、娘さんが留守番しながらピアノを弾いているのかもしれないし。
さっきのおばさんを疑う訳じゃないけれど、不審者だから、この近所をうろつかせないための嘘っていう可能性もある。というか、あんなにはっきりピアノの音が聞こえる以上、おばさんの追っ払い手段と思う方が信憑性は高い。
だから私は、まったくではないけれど、ほとんどこの話を気にしなかった。…この時は。
バス停へ向かう途中、洋館の姿が見えると共にピアノの音が聞こえてくる。
ああ、この曲…私の好きな奴だ。
あれから何度もここを通ってるけど、好みの曲を弾いてることが多いよね。
ここの娘さんと私の趣味って似てるのかなぁ。
でも、確か小学生だっけ? なのにこんな曲、よく知ってるよね。私が子供の頃にちょっとだけ流行った、クラシックでも何でもない曲なのに。
自分でそう思った時に、ふと気づいた。
そういえば、あの日以来どうしてか、ここを通るたびに知ってる曲や好きな曲ばかりが聞こえてきている。
…そういうこともあるよね。たまたまだよね。
でも。けど。
不安がじりじりと強くなり、私は、何かを確かめるように最近気に入っている流行り歌のタイトルを思い浮かべた。
ピアノの音色が変わる。今思い浮かべただけの曲がメロディーとなって響き出す。
それと同時に私はその場を逃げ出した。
あのおばさんの言葉は事実だった。あの家にはもう人はおらず、ピアノもない。だけど娘さんの心が留まっていて、今でもピアノを弾き続けているのだ。
上手なピアノだったけれど。
心地よく聞かせてもらっていたけれど。
今までありがとうでもごめんなさいこの先はもうあなたののピアノを聞きに行くことはありません。
心の中で一気にそう叫び、私は洋館の方向に頭を下げた。
ちなみに、あれからバス停へは、そこそこ遠回りした道を通っている。
ピアノの音…完
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