第1章

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「初めまして。昨日隣に引っ越してきました、山本と申します。これつまらないものですが」 「ああ、あの空き家に引っ越してきたのね。ご丁寧にどうもねー」 お菓子を受け取った斎藤はにっこりと笑顔を見せる。 やはり挨拶は大事じゃないか。 昨日山本の引っ越しの手伝いをしてくれた、職場の先輩である井上は「挨拶?そんなものしなくてもいいいんだよ。今のご時世逆に怪しまれるぜ」と言っていた。 「こういうの大事だと思いますけど」と反発した山本だが、「そんなもの無駄だ」と一蹴されてしまった。 井上の仕事はいつもガサツだが、なるほど私生活もガサツなのだな、と納得した山本は、仕事と同様に、井上の意見は無視することに決めていた。 「お一人ですか?」 「ええ、独り身です」山本は笑顔で答える。 「うちは子どもが二人いますからね。もしかしたら迷惑をかけるかもしれません」 「大丈夫です。私子ども好きなんです」山本は嘘をついた。しかしこういう嘘も大事だろうと、考えていた。近所づきあいは大切だと、昔母親から教えられていたからだ。少しでも不安は与えない方が良い。 「何か困ったことがあったら何でも言ってくださいね」 「ありがとうございます」 やっぱり挨拶して正解だったな、と山本は満足して家に戻った。
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