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初めて声を掛けられた時も。
落とした本を拾ってくれた時も。
消しゴムを貸してくれた時も。
目が合う回数が増えていった時も。
あなたが関わるだけで、私は私じゃなくなってしまうような気がした。
すっかり大人の男になっていたあなたが隣人となって再び現れた時。
毎日呼び鈴が鳴るようになって、紙幣を握るあなたが扉の前に立つようになった時。
途端に上手く呼吸が出来なくなって、胸が焼け焦げてしまいそうだった。
頼る声を聞く度、ありがとうと微笑まれる度、私は脈動を乱す気持ちの悪い感覚に侵食されていく。
そんなこと、あなたは知らないくせに。
「嫌い……ほんと、いやなの……」
ここから先は簡単に踏み入らせない。そうして引いた線を、頑丈な壁を、あなたは容易く越えて、内側に入り込んでしまうから。
熱冷ましのシートを頼まれた時、すぐに近所のコンビニに走った。
次の日、滅多に買わないメーカーのミネラルウォーターと、大きな桃が閉じ込められたゼリーを買ってきて、冷蔵庫の手前の方に置いた。
その次の日は、胃に負担がかからないような、温かくて柔らかい薄味の料理を多めに用意していた。
嫌いだ不快だと言いながら、矛盾したことばかり。でも、それにも気付かない振りをする。
「あぁ、知ってる」
「……うそ、ばっか」
散々踏み荒らしておきながらも素知らぬ顔で、きっと線を越えた事にも気付いていない。昔も今も、私がどれだけ苦しんでいるか、全部分かっていないくせに。
本当はあなたの事なんてちっとも分からないくせに、私は勝手に決めつけてばかり。
「あぁ、それも知ってる」
嫌い、キライ。
昔も今も、距離なんて元から無かったように平然と埋めてしまう。気付いたら、目と鼻の先にいる。
逸らしたいのに、私の内側を容易く掻き乱す指先は両の頬を滑り、真綿を掬い上げる様に包んでしまって、それをさせてくれない。
「俺も好きだよ」
あなたに恋をしているって、認めさせようとする。でも今更、大和って名前で呼ぶことも、素直にもなれやしないから。
「私は、大嫌いだよ」
私は隣人が嫌いだ。昔も今も、きっとこれからも、ずっとずっと。
そう零しながら、私はあなたの手を払いのけることをせず、そっと目を瞑った。
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