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私の部屋は角部屋だ。二階建てアパートの二階部分には二部屋しかないし一階もそうだから、どの部屋でも角部屋だけど。
角部屋が良くて、駅から徒歩十分圏内だと家賃相場が上がるから少しだけ外して、出来るだけ部屋数が少ないアパートを探した。私がここに引っ越してきた理由は、偶然にも隣人の越してきた理由でもあった。
嫌いな人が隣人に。引っ越しの決め手も同じ。挨拶の日には二人してスーツを着ていて、二日酔いでグロッキー。なんだろう、この無駄な偶然は。何であろうと、別にどうもしないけど。
「……今日はなに?」
そして、隣人はその日を境に殆ど毎日我が家の呼び鈴を鳴らす。
「いやぁ、お腹空いて死にそーで」
まるで捨てられた子犬のように哀愁を漂わせた隣人は、さも申し訳なさそうに眉を下げて、無精ひげが目立つ口元に頼りない弧を描く。
本日の目的は温かい食事らしい。昨日は水とゼリー、一昨日は熱冷ましのシート。その前は……なんだったか。一月も続けばいつ何を求められたかなんてどうでもよくなっていた。確か最初は、二日酔いに効く薬を買ってきてくれと、紙幣を握りしめていたっけ。
「はぁ……大したものはないよ」
呆れを隠さずにため息をつきながらも、私は隣人を追い返す事はしなかった。
「ありがと、助かるわ」
手に持っている紙幣を置いて帰ろうとしない事を条件に仕方なく入室を許可すると、隣人は安心したように顔を綻ばせる。この瞬間、私は自分をちょっとだけ嫌いになる。
起きがけに水を飲む習慣は、もうすっかり忘れてしまっていた。
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