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今日もまた、隣人は呼び鈴を鳴らす。ただ、普段とは違って紙幣を握りしめていないし、何かを頼みに来たわけでもなかった。
「え……なに、どうしたのそれ」
「酒でーす。明日休みだろ?」
だから飲もうぜって、ビニール袋を掲げて。
袋いくつあるのそれ、どれもパンパンだし。もしかして全部酒とつまみなのだろうか。
「俺も休みだからさー、いつもの礼も兼ねて!」
「お礼って……はは、それにしても多すぎ」
仕事帰りであろうスーツ姿。自分の部屋は隣にあるのに、流石に買い込み過ぎて重かったのか、そのまま突撃してきたようだ。それがなんだかおかしくて、ついつい口許を緩めてしまった。
「……あー、ほら……俺の気持ちを表してるから。これでも抑えたんだけどなー」
隣人は少し面を食らったような顔をして、つられて笑みを零した。底が擦れてきている革靴を脱ぐ時も、入りきらない程の酒を二人がかりで冷蔵庫に押し込む時も、厚みの薄い唇はまだ緩やかな弧を描いていた。
「機嫌いーね、臨時収入でもあった?」
「そりゃあ、女の子から笑顔もらえば気分良くなるってもんでしょ」
「……っは、そう」
「その笑い方は可愛くないぞー」
販売先で冷やされた缶チューハイに熱を奪われてひんやりとした隣人の指が、私の主張が控えめな鼻先をつまんだ。
そういえば、笑って招き入れたのは今日が初めてだったかもしれない。
火が灯ったかのようにジンジンと熱くなる鼻先が不快で、誤魔化すように何度か擦った。
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