第1章

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「お隣に引っ越してきた、高田ですぅ。よろしくお願いしますぅ。」 やけに愛想の良い、関西なまりの男が、俺の部屋をたずねた。 軽薄そうな若い男。今時、単身アパートに挨拶に来るなど珍しい。 俺は、その男を見て、息を飲んだ。 驚いてはいけない。 気付かれてはならないのだ。 俺が視えるということを。 その男は、目の奥が空洞の、細身の女を背負っていた。 もちろん、目の奥が空洞の人間なんていない。 そう、人ならざるモノ。 年のころはおそらく、この男より、少し年上の30代半ばというところだろう。 みえてない、みえてない。 俺は、何も視てないぞー。 俺は今までも何度も苦い思いをしてきた。 視えるがばかりに。 同調してはいけない。何故なら、その時は俺にツイてくるからだ。 道路で轢かれた子猫、交差点に佇む子供の霊、死んだのもわからずに病院を彷徨う老婆。かわいそうだと思った瞬間に奴らは俺に気付く。 視えるのか、私が。 視えるんだね? しばらくは付きまとわれた。 憑かれ易い俺の唯一の理解者が祖父だった。 祖父も視える人で祓い屋でもあったので随分と祖父に助けられた。 しかし、もうその祖父もこの世には居ない。 俺は、自分が強くなるしかなかった。 付け入られない自分。あくまでも冷徹になるのだ。 それは、日々の習慣になり、いつしか俺についたあだ名は「アイスマン」。 周りからは冷徹な男だと思われている。 決して同情しない。信じるものは己のみ。 この目の前のヘラヘラした男とは真逆の人間なのだ。 手土産の大阪のわけのわからないショボイお菓子を受け取ると、 「どうも」とだけお礼を言うと、すぐにドアを閉めた。 霊がついた男になど、名乗る必要はない。 しかも、あの目は、かなり男を恨んでいる目。 真っ黒な空洞に、怨念が渦巻いているのだ。 ドアを閉めたにもかかわらず、男は大声で表で叫んだ。 「よろしゅうね、皆木さん。」 クソ、表札など出しておくべきじゃなかった。 馴れ馴れしいんだよ。幽霊つきの癖に。 あんな怨念の篭った霊がついてるくらいだから、きっとろくでなしだ。 あの女からは並々ならぬ男への執着が感じられたからだ。
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