第1章

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俺はなるべく、隣の男と出くわさないように心がけた。 だが、馴れ馴れしい男は、顔を合わせると、必ず話しかけてきた。 「おはようございますぅ。今日はええ天気ですねえ。」 薄っぺらな人間ほど天気の話しかしない。 そこまでして話さなくてもいいだろう。 口から生まれたような男だ。 無視していても、ペラペラと一人でしゃべる。 満足すれば、自己完結し、ほなと去っていく。 近づくんじゃねえよ。お前が背負ってるそれ、こええんだよ、バカ。 その男は軽薄な見かけ通り、女癖も悪かった。 ほぼ毎日、違う女を連れて帰ってきた。 しかも、あの声がうるさい。 「ンッ、ッあぁっ。アアン、ダメぇ。」 今夜も始まった。毎晩、アンアンうるせえんだよ。 しかも、その翌朝、必ずと言っていいほど、背負っている女の闇が濃くなってる。そりゃあそうだろう。毎晩、自分が関わった男が女をとっかえひっかえだからな。心穏やかではないはずだ。 「いやあ、ほんま、すんません。毎晩うるさいですやろ?今日はお詫びさせてくださあい。」 しつこく鳴らされるチャイムに文句を言ってやろうと息を巻いたら、こいつだった。しまった。 「ええ酒が手に入ったんですわ。こっちでは滅多に手に入らんやつでっせ?一緒に飲みましょ。」 そう言うとずかずかと上がりこんできた。 「勝手に困るよ。」 俺がそう制しても、男は図々しく上がりこんだ。 「かましまへんやろ?彼女さんとかおらへんみたいやし。たまには男同士、腹割って話まへんか?」 お前だけじゃないんだ。お前にはそれがもれなくツイてくるから困るのだ。 なんて図々しいんだ。俺はこいつが嫌いだ。 女はついに、真っ黒な炭のようになっていた。 こんなに怨念の篭った霊は見たことがない。 しかし、こいつは、こんなのを背負っていて、なんともないのか? だとしたら、かなり鈍いのだろう。 憑かれ易い俺からすれば、馬鹿でも逆に羨ましい。 男は愚にもつかない、くだらない話を延々とぺらぺらしゃべり続けた。 しかも、自分の武勇伝だ。いかに自分がいろんな女と付き合ったかという、いわゆる自慢話だ。本当のバカなんだ、この男。俺は逆に哀れに思えてきた。
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