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「あの、先ほど、奏多さんから伺ったのですが、音無さん、家出されているとか?」
もう、話を進めるしかないでしょう、ここは。
私は先陣を切った。
「はい。お恥ずかしい話ですが……、実は、そうでして……」
そう言ったきり黙り込んだロマンス改め、音無父に代わって、奏多青年が言葉を引き継いだ。
「兄は、2年前に突然何の相談もなく、家を出ました。
前日まで、普通に家の事務所で働いていたのに、です。
その時俺は大学生になりたてで、事務所の雑用とか手伝っていたんですけれど、兄がどうして急にいなくなってしまったのか、全く見当がつかないんです。
中山さん、何か知っていたら、教えてください」
え~? 音無さんって弁護士だったの!?
うわ~。言われてみれば、それっぽいわ~。
あの、何ていうの、黒い音無さんとか……、ありゃ完全に悪徳弁護士の顔だもんね~。
いやいや、ここはシリアスにちゃんと考えよう。
「本当になんの心当たりもないんですか?」
私の質問に音無父が、陰りのある瞳で少しだけ戸惑うように口を開いた。
「あるとすれば、私達夫婦の離婚が関係しているかも知れません。響は妻と仲が良かったですし、一緒に取り組んでいる案件も多かったですから……。
今にして思えば、妻が出ていってから、響の様子がおかしかった。母親のいない事務所で働くのが嫌になったのか、私と働くのが嫌になったのか……」
音無父は、膝の上で組んだ両手に目を落とした。急に年を取ってしまったように小さく見える。
音無さんが出ていった理由。お母さんが原因なのかな……
それよりなにより、この人たち、音無さんの性癖は知ってるのかしら?
少なくとも奏多青年は知らないんだろうな……。
まあ、私がとやかく言うことじゃないわね。
「私は音無さんから家出の話も、ましてや弁護士だったことも、何も聞いていません。
お役にたてなくて申し訳ないのですが……」
音無さんとは「仲良しこよし」ってわけじゃないけど、少なくても『気まぐれで家出するような人じゃない』ということはわかる。
きっと、家族には言えないような理由があるんだろう。
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