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少女は空を見上げていた。
黄金に輝く月のみが照らす、漆黒の夜空を、少女は魅入られたかのように、ただただ見上げていた。
空の下方には赤があった。
ゆらゆらと一面を揺らめく、赤い炎。
天界、人界、魔界…すべての世界を見守る絶対なる聖域。サンクチュアリ――その中心に建つ王城が、燃えていた。
光輝く鉱石によって造られた、如何にも強固な城壁。
それに囲まれた、火の粉の降り注ぐ中庭で、少女はただ、空を見上げていた。
空には天使が舞っていた。
―――いや、天使だけではない。
様々な幻獣を模した異形なる怪物達も、空を舞い、地を走り、死闘を繰り返していた。
『貴様は逃げぬのか?小娘』
不意に背後から声を掛けられ、その声に、少女は振り返る。
そこには、悪魔のような姿をした黒竜が立っていた。
禍々しくも美しい、蒼い紋様を刻んだ顔と、夜空を照らす月と似た、黄金の瞳。
お世辞にも優雅とは言いがたい意匠の施された、漆黒のマントを羽織るその黒竜は、王のように堂々と、しかし全てを殺し尽くす死神のような、殺意の籠った瞳を、少女に向けていた。
だが、白い装束を身に纏い、虚無を秘めた瞳の少女は、別段それを恐れるわけでもなく、静かに此方を見下す黒竜を見上げた。
「…あなたが殺したの…?城の人たちを…父様と母様を…」
『如何にも。…とでも言えば、貴様は満足か?それとも、親の仇敵たる我を貴様が討つか?』
そう言うと黒竜は、手に持っていた血まみれの三叉槍を、少女へと投げ渡す。
『貴様とて女神の端くれ。ならば我と戦え…そして我に殺されろ、神王の娘よ』
問いを投げる少女と相対する黒竜は、その問いに揺らぐどころか、殺戮を求めるように剣を抜く。
禍々しくも美しい、赤紫色をした歪な形の刀身。
自らの愛する者達を殺戮した、その剣を。
「…なら…私も……ここで殺して」
『何?』
少女の呟きに、黒竜は構えかけた動きを止めた。
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