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窓を開けたら、雨のにおいがした。
少し甘くて、懐かしくて、ほんのりと胸の奥に満ちるにおい。
初夏の午後に降る雨は、チェンバロのような細い音色を連れてくる。
だから降りしきる細かい雨の中、私は部屋を出て海に向かった。
傘をささずに歩いて、いつもの堤防の上から海を見つめる。
誰もいない。
背後の国道を、時々雨を跳ね飛ばしながら車が向こうから向こうへと走り去っていく。
ぽつんと立ち尽くしたコンビニの明かりが、けぶるような雨の中に揺らいでいる。
海と空は一面に曇っていて、境界がない。灰色でも、青や赤や白やそれぞれが混じった布がゆらゆらと揺れているように漠と広がっている。
海は、波打ち際に小さな白い泡が立つくらいでほとんど凪いでいた。果てが掴めないような世界に、自分の意識が漂い出ていく度に、雨の冷たい色が頬を撫でた。
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