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邂逅
スマホのカメラを構える。捉えきれないって分かっているけれど、形を失った目の前の世界を手の中に収めてみたかった。
スマホが濡れないように気をつけながら何度かシャッターを切った。
雨が降る世界はますます姿を見せなくなって、海も空も沈黙している。
「だめかあ…」
画面を確認すると、波打ち際さえぼんやりとしか写っていない。
そこに、人影を見つけた。
人が写った方角に目を向けると、いつのまにか誰かが砂浜に佇んでいた。
少し遠く、雨の中で霞んで見えた。視界に入る範囲ならすぐ分かったはずなのに。
しかもその人は私と同じように傘をさしていない。
雨だけが分断し続ける世界に、たった一人しかいないかのように立ち尽くしている。
いったいどんな人なんだろう。興味が湧いて、もう一度スマホのカメラを望遠にして向けた。風景を撮る振りをしてそっと眺める。
その人は靴を履いていない。寄せて返していく波に足を洗われている。長い髪が風に煽られて、時々揺れた。だいぶ背が高いのに、ゆるっとしたスタイルのせいで、女性なのか男性なのか分からなかった。
じっと見つめていると、その人の姿に違和感を覚えた。
何だろう。
棘のように引っかかった。ひどく気持ちがざわついた。
その時、その人はゆっくり振り返って私を見上げた。
「えっ…」
私が見ているのを知っていたのか、カメラのレンズの向こうで彼はうっすら笑みを浮かべていた。
思わず堤防から慌てて降りた。
すごい勢いで早鐘を打つ心臓をなだめようと、しゃがみこんで堤防の陰で呼吸を整える。
カメラに写し出されたその人……中性的な雰囲気をもつ男性は、不思議なことに雨に濡れていなかった。振り返ったその髪も顔も。
違和感の正体はそう。
私はこんなに濡れている。下着までずぶ濡れではないけれど、髪から雫は滴っているし、肩も顔もタオルが欲しいくらいには濡れている。
それなのに、なんで彼はどこも濡れていないんだろう。
スマホを胸に抱きしめるようにして、動悸がおさまるのを待った。
その私の視界に動くものが入ってきた。
顔をあげると、砂浜と堤防を繋ぐコンクリートの階段を人が登ってくるところだった。
彼だ。
やっぱり、濡れていない。
雨の中にいるのに!
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