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「あまり見ていると、吸い込まれてしまうよ」
彼は私の視線から無理に外すように、指をたたんで手のひらの中にそれを閉じ込めた。
「それは、どうするの?」
欲しいと思った。
尋ねた私に、彼はかすかに困った顔をした。
「欲しくなった?」
図星をさされて、顔が赤らむのが分かった。
それでも駄々をこねる子どものように、どうしても欲しかった。
「でもダメだよ。これは僕の記憶だ。僕が落としてきたものだから」
彼の記憶。
落とし物。
そう聞いても納得できず、気持ちがざらついた。
「ならまた見つかる? それは一つしかないの?」
「まだあるけれど……。でも君のものにはならないよ?」
「なぜ? 欲しい」
「僕ら雨の渡り人は、死を迎えるまでずっと雨と雨の間を渡る。でも渡る度に、僕らは自分の記憶を一つずつ落とすんだ。だけど、それはまた拾える。こういうふうにね」
「拾ったらどうするの?」
「記憶だから、こうして僕の中に収める」
彼はそう言うと、私の目の前でその“記憶”を上空に大きく放り投げた。降っていた雨にぶつかりながら逆行して、限界点でいきなり弾けた。
その瞬間発せられた強い光に、私は目が眩んで視界が回った。
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