第1章

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幼稚園まで迎えに来てくれ、そのまま帰りがけにある公園で夕方まで遊んでくれ たこと、幼稚園に上がる前には、近所を走る巡回ルートのバスに何時までも乗せ てくれたこと。 懐かしい、楽しかった思い出が頭の中をグルグルと駆け回った。 祖母の葬儀が済んで、家族が祖母の思い出話をしている時、雄二は舞鶴に戻らな ければならなかった。 自宅の玄関で、一人、靴を履きみんなから    「じゃあ頑張れよ」 の声を聞いた時、急に寂しさが込み上げてきた。    (みんなと一緒にもっとここに居たい) しかし雄二にはここに留まることは許されなかった。 雄二が玄関から出ていくとき母親の富子は    「かわいそうに」 そう言う祖母の声を聴いたような気がした。 それから3日後の昼頃であった。 やっと葬儀の後片付も終わり、そろそろ昼食をと思っていた矢先、居間の電話が 鳴った。 雄二のいる舞鶴の海上保安学校からである。    「このたびは・・・」 雄二の担当教官は丁寧な弔辞を述べた後、電話口の富子に言った。    「ところで、もう葬儀はお済みになりましたでしょうか」    「はい,おかげさまでありがとうございました」    「それで友田君は今どうしておられますか」    「はあ、雄二は3日前に夜行でそちらに帰ったはずでございますが」    「いや、それがまだ帰校いたしておりませんので」    「え!、そんなことはないとおもいますが」    「いえ、確かにこちらにはまだ帰ってきておりません。     恐れ入りますが、立ち寄り先などありましたら、お教えいただけますで     しょうか」    「いえ、私どもですぐ捜してご連絡いたします」    「よろしくお願いします。制服制帽で身分証も持って出ていますので、犯     罪に巻き込まれた可能性もありますから、くれぐれもよろしくお願いし     ます。」 富子はすぐに父親である晃(のぼる)に連絡を取ると同時に、雄二の小学校から の友人である阿部にもわけを話して、雄二の所在を尋ねてみた。    「おばさん、大丈夫だから心配しないでください。     僕が知ってる限りの友達を動員して捜しますから」 夕方、晃も早々に退社してきた。 夫婦は雄二の行きそうなあらゆる所へ連絡を取り、雄二のことを聞いてみたがそ の行方は全く分からなかった。
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