第1章

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どうしたらいいのか困っていた友田夫婦のもとに阿部から電話が入った。    「阿部です、雄二が見つかりました」    「どこにいたんです」    「おばさんが知らない友達のところへ潜り込んでいました。     でも、ゆっくり話して学校に帰るように言いましたから、今頃その友達     に連れられて駅に行っていると思いますよ。     今夜の夜行に乗って、明日の朝には学校に着いていますよ」    「阿部君、ありがとう」    「なんかあったら、いつでも言ってください。今度また遊びに行きますか     ら、おいしいものを食べさせて下さい。     そうだなあ、おばさんのけんちん汁がいいな。じゃあ、お休みなさい」 何事もなかったかのようないつもの屈託のない声で、笑いながら阿部は電話を切 った。    「雄二も我々が知らないうちに多くのいい友達を持っているんだな」 晃はそう言うと、舞鶴の保安学校に電話を入れて担当の教官を呼び出している。 富子はどうしても涙が流れ出すのを止めることができなかった。 食堂のテーブルに乗った、自分のトレーの上のみそ汁の椀がだんだんと傾いていく。 その傾いていく、椀に6分目程入ったみそ汁の表面を横目で見つめ、あと少しと 思いながら雄二は丼に入ったご飯を食べている。 いよいよみそ汁が椀からこぼれそうになる次の瞬間、箸を持ったままの雄二の右手が素早く、みそ汁の椀を持ち上げ口に運んでいる。 左手は丼を持ったままで小指の付け根でトレーを押さえていた。 食堂は閑散としており、休憩時間に入っている先輩達が談笑しながら同じように食事をしていた。 だが同期の姿はそこには無かった。    「川崎さん、岡本はスタンバイじゃあないんですか」 雄二は航海士捕の、同期の事を先輩に尋ねてみた。    「ああ、岡本は青い顔をしてベッドに転がっているよ。飯どころじゃあな   いらしい」 川崎と呼ばれたその先輩航海士は笑いながら答えてくれた。    「それにしても、友田は強いなあ」 川崎二等航海士はそう言いながらお茶を飲み干すと、トレーを返却口に返して    「ごちそうさま」 と、食堂を出て行った。 午前10時、ワッチを終えた雄二が左舷甲板に出てみると、10月というのに甲板には陽光が輝き、コバルトブルーの海が果てしなく行く手に広がっており、左舷側
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