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口の中にいれた雄二は和カラシ独特のあの辛さと、慣れない寿司を食べた驚きで言葉を失った。
巡視船「うらが」は多くの島民達に見送られ、小笠原父島を離岸して海上警備を行いながら母港横浜へと進路をとっていた。
船は湾を出た途端、猛烈な時化に出会っていた。
何しろ船内の細い廊下をまっすぐに歩けないほどで、特に新人達は手すりに掴まってよたよた歩くしかなかった。
船内の浴室で頭を洗っていた雄二は座っていた小さな椅子から仰向けに投げ出され、頭にシャンプーの泡をつけたまま浴室の床に尻餅をついた。
浴槽の湯は大きく波打って縁からザバザバとこぼれ落ちている。
左手でしっかりと手摺をつかみ、右手で素早く泡を洗い流すと、尻餅をつかないように注意しながら浴槽に身体を沈めた。
その時、大きなうねりの中で雄二は折角洗った頭から浴槽の湯を被ったのである。
やっとの思いで浴室から出た雄二に、川崎航海士が声をかけてきた。
「友田、お前この船の中に亀の肉を持ち込んでいないだろうな」
「いえ、持ち込んでいません」
雄二は嘘を付いた。
本当は珍しい亀の肉を父親にと思い、缶詰を土産に買ってきたのだった。
「そうか?、別に持ち込んではいかんという規則はないんだが・・・。
ともかくどういう訳か亀の肉を船内に持ち込むと、決まって海が荒れるんだよ」
川崎航海士は
(本当は持ち込んだろう)と言いたげな顔でニヤニヤ笑いながら、操舵室へ上って
いった。
1週間ぶりに横浜港に帰り着いた雄二は、上陸するとすぐに携帯電話を取りだし泰代へ電話した。
しかし呼び出し音ばかりで泰代が電話に出る様子は無かった。
何度もかけ直した雄二は未練がましく舌打ちして泰代への電話を諦め、ちらっと腕時計を見たあと今度は小学校時代からの親友である阿部仁志(あべひとし)の番号をプッシュした。
2度ほどの呼び出し音のあとで人なつこい阿部のいつもの明るい声が受話器から聞こえてきた。
「ただいま、阿部仁志君は留守にしております。
友田雄二君は疲れているので帰って早く寝なさい」
「元気そうだな」
雄二は声を出して笑いながら言った。
「お帰り、しばらくだな」
受話器の中の阿部の声も笑っていた。
雄二が今どこにいるのかを聞いた阿部はすぐこれから行くから待っていろという。
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