第1章

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雄二は桜木町の野毛にある阿部も知っている行きつけの中華料理屋の名前を教えた。 キープしてあった芋焼酎のボトルを出して貰った雄二が、焼き餃子をつつき芋焼酎のお湯割りを飲みながら暫くすると、阿部が髪の長い小柄な女性を連れて入って来た。    「加藤智美さんだ。こいつは俺のポン友の友田。」 阿部が一人で来るとばかり思っていた雄二は慌てて立ち上がると、    「友田雄二です。よろしく」 雄二の背後で今まで座っていた椅子が倒れて大きな音を立てた。 急いで椅子を引き起こし腰掛けた雄二に、阿部は底抜けに明るい大声で言った。    「泰代さんも一緒かと思ったのに」    「いや」    「なんだ、喧嘩でもして別れたか?」 無神経な阿部を睨むように横目で見ながら、雄二はコップに注いだばかりの焼酎を一気に飲み干した。      ヨットレース 日本外洋帆船協会の仰木田(おおぎだ)副理事長は執務デスクの椅子からじっとテレビの気象情報を見つめていた。 フィリピンの南方海上で発生した熱帯低気圧が、勢力を大きくしながらゆっくりした速度で東北へと進路を取っているからだ。 1992年12月26日、今日は「トーヨコカップ、ジャパン・グアムヨットレースの出航日で12時丁度、出航を知らせる大きなブザーを合図にレース用として作られたIORクラスが4隻、レース仕様の外洋クルーザーであるIMSの5隻が小雨の降る寒い中を16mを越えるほどのマストにそれぞれのセールを上げ、北西の風を受けて油壺のハーバーを飛び出していった。 雄二は「うらが」の機関室で主席機関士の吉永から補機について、その役割を教えて貰っていた。 デッキの外は真冬の北風が吹き荒れていたが機関室の中は単調なディーゼルエンジンの音が響き、暑い位の気温であった。 そろそろワッチの時間も終わろうとしていた時、ヨット遭難の一報が入ってきた。 「ジャパン・グアムカップに出場中のIMS型クルーザーから一名が落水した」 との知らせである。 機関全速の命を受けて一万五千六百馬力のエンジン二基はうなりを上げ始めた。 外は猛烈な時化であるが「うらが」は約7m近くも有ろうかと思われるうねりの壁を突き破って進んでいく。 ワッチを終えた雄二は、捜索に加わるため船橋へと上がっていった。
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