第1章

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そしていつも想い出すのは、高校時代の3年間に足繁く横浜のハーバーへ通い、また大海 原に風を求めてヨットを操った頃の事であった。 そんなとき、母親が新聞に小さく「海上保安学校生募集」の記事が載っているのを見た のである。 だが、入学してみると非常に厳しい世界だった。 同期の仲間達が次ぎ次ぎと脱落していった。 1日に2?qを泳ぎ、おぼれるかと思うほど過酷な水練、雪が積もったカッターでの真冬の 訓練。 夜、寝台に入ると知らず知らずのうちに涙が耳に入ってきた。    「絶対に海上保安官になってやる」 くじけそうになる気持を何度も奮い立たせた そんな中で高校時代から付き合っていた彼女は遠距離でのつきあいに絶えられず離れてい った。 だが幼い頃からの親友が、久しぶりに戻った雄二を迎えてくれた飲み会で、静岡県出身で 20才のおとなそうな丸顔の女性を紹介してくれた。 「うらが」からの航海を終える日には、小さな自動車でいつも横浜まで迎えに来てくれた。 そしてつきあいが始まったのである。 京浜急行田浦駅から国道16号線を越えて静かに海風が香る道を雄二は歩いていた。 今日から、巡視艇「はたぐも」の乗員として横須賀保安部に転属してきたのである。 PC75巡視艇「はたぐも」は天皇のお召し艇としての任務も兼任していた先代「はた ぐも」の船名を継ぎ、世界1と言われる海上交通の難所、浦賀水道航路で航路哨戒を主任 務とし海難救助等に活躍している。 総トン数68トン、全長26m、幅6.3m、速力24ノットの巡視艇で、就航1976年 2月という老朽船を、古武士のような風貌の大垣船長が手足のように操り、東京湾内の不 法船に恐れられている。 「はたぐも」は観音崎灯台を右に見て三浦半島を迂回し相模湾に入った。 多少のうねりはあるが、綺麗な航跡を描いて陸地を見ながら航行している。 空は晴れ渡っており、前方に江ノ島がくっきりと見えていた。 今日は江ノ島のハーバーから出航したヨットが集まっている海域への、哨戒活動である。 色とりどりのセールを張ったヨットが少ない風を何とか取り入れようと、右に左に走り回 っている。 操舵室でキャプテンチェアーに座ってパイプをくゆらしていた、大垣船長が何かを見つけ たように    「全速前進、面舵(おもかじ)15度」 と一声。
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