第1章

28/36

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
横浜の山下公園に港内を遊覧する観光船「マリンルージュ」という船がある。 その乗り場付近に華やかなドレスを着込んだ若い女性達がたむろしていた。 そしてその華やかな女性達を囲んで黒いフォーマルウェアに身を包んだ若い男たちが笑顔 で互いに冗談を言い合っている。 若者達の集団から少し離れたところに、やはり黒のフォーマルウェアを着た男性や留め袖 を着た女性が一団となっていた。 やがて誰からともなく    「ウォー」 という地響きに似た声が発せられ、どこからかほぼ白色に近い薄いクリーム色の海上保安 庁の夏の儀礼服を着た雄二が姿を現した。 胸に花を挿し、どこで借りたのか大型船の船長の資格にも当る二等海上保安監の肩章を付 けて照れくさそうに立っている。 そして1歩遅れて係員に裾を持って貰った真っ白なウェデイングドレス姿の久美が、少 しはにかんだように歩いてきた。 マリンルージュの後部甲板で、新郎の、自分よりはるかに上の階級の肩章に驚きながらも 出席者全員の祝福の中で、この港内遊覧船の船長は二人の結婚の成立を宣言した。 同時に色とりどりの風船が出席者全員の手から放たれ青い空に吸い込まれていった。 多くの人たちの温かい祝辞も終わり、テーブルの上にフルコースのフランス料理が並べら れている時、窓の外を見ていた来賓の一人が    「あれッ」 と、大きな声を出した。 みんなが一斉に窓外に眼をやると、そこには鮮やかな純白の1隻の巡視船が マリンルージュの脇を伴走している。 白い船体の船首部分には「PC75」と大書されその上には「はたぐも」の文字、アルフ ァベットの「S」を図案化したマークの後ろには「JAPAN COAST GUARD」 と書かれている。 そして、多くの乗組員たちが甲板に横1列に並んで挙手の礼をとっていた。 マリンルージュでは結婚式の司会者がびっくりした顔でマイクに向かい    「あの・・、今この船の横を新郎の、乗船している巡視船「はたぐも」が併進して     おります。     私も長い司会者生活でこのようなことは初めてで、どう紹介してよいかわからな     いのですが、どうか皆さまも右側窓の外の、新郎の職場である巡視船の雄姿を     ご覧ください。」 来賓からまたまた歓声のどよめきと大きな拍手が聞こえてきた。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加