第1章

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しばらく併進していた「はたぐも」は乗組員たちがそれぞれの持ち場に戻ったとみると、 マストに赤と白の市松模様の旗とその下に白地に青枠をあしらい、中央に赤い四角の書 いた旗が揚げられ、単音一声、速度を上げて大きく取舵をとるとマリンルージュから離れ ていった。    「あの旗は「安全な航海を祈る。」という意味なんだ」 雄二は久美の耳元でこうつぶやき、巡視艇「はたぐも」が、まるで新しい門出の進路を 哨戒するかのように併進してくれたことに大垣船長の心意気を感じるのだった。 その「はたぐも」は白い功績を残し、ちょうど横浜ベイブリッジの下をくぐるとこであっ た。    「早いな?」 新郎の友人たちであろう、口々にそういいながら、盛んにカメラのシャッタを押していた。 こうして、雄二と久美との新しい生活が始まった。雄二25歳、久美23歳の秋である。 雄二と久美の新婚生活は辻堂にある公務員宿舎から始まった。 辻堂は東海道線の藤沢と茅ヶ崎の間に有る駅で横浜から4つ目であり、一方、雄二の通う 横須賀保安部は横浜から京浜急行線に乗り換えて5駅先の京急田浦駅に有るのだ。 雄二は久美と相談をして中古の軽自動車を購入した。 これで通勤しようというのだ。 この案は暫くはうまくいった。何しろ秋口に結婚をして春までの8?9ヶ月の間は辻堂か ら横須賀へ抜ける海岸道路は土曜、日曜でない限りスイスイと走れるからだ。 だが春が過ぎて暖かくなるとそれに比例するかのように日に日に道路が混雑していき、 雄二の自宅を出る時刻もだんだんと早くなっていった。 雄二は考え、今度は普通免許でも乗れるミニバイクを購入した。 そして夏の、道路が混雑する時期はミニバイク、空いてきたら軽自動車で通勤することに した。 翌年10月、二人の間に女の子が生まれた。 友人や同僚達は「結婚前の子供だろう」とか 「ハネムーンベイビー」だとか口さがないも のもいたが、二人はこの子を『清海(きよみ)』と名付け、雄二は親バカぶりを如何なく 発揮した。 清海が1歳の誕生日を過ぎて2度目の正月を迎えた時の1月末に雄二に転勤の辞令が下 りた。 新しい転勤先は、雄二が海上保安庁に入庁して初めて乗船したあの「うらが」の第2母港 がある小笠原の父島である。      小笠原保安署 本当に熱帯の島である。 何から何まで生まれて初めての経験に久美は戸惑っていた。
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