第1章

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彼の父方の祖母は、「可哀想に、可哀想に」を繰り返し、 母親の仕打ちをけなし続けた。 今まで自宅で昼近くまで寝ており、自由気ままに過ごしてきた 雄二にとって、規則に縛られた全寮制の生活はまるで小説などに出て くる、刑務所での暮らしのような非常につらい苦しいものであった。 真冬でも早朝6時には起床し、朝食後すぐに学科の授業があり、 午後からは実技の授業と分単位の集団生活で1分、1秒、とて 気の抜けない毎日であった。 まれに真冬の早朝からのカッター(大型のボート)での訓練などの 時は、まずカッターの中に大量に詰まった雪を掻き出し、全員で力 を合わせて、カッターを、凍え荒れ狂う日本海に押し出すのである。 凍った波しぶきは容赦なく雄二たちの汗で濡れた体操着に襲い掛かり、 力いっぱい漕ぐカッターを、進ませまいと飛沫を投げつけてくるので あった。 また、雨の日でも雪のさなかでもの、毎日2kmの遠泳訓練も非常に 辛いものであった。 幸いにして雄二は小学生のころ母親の勧めで自宅近所の水泳教室に 通った経験があり、大学時代は体育会系サークルに所属していたことも あって身体を動かし、鍛えることには慣れているはずであった。 が、そんな生易しいものではなかった。 最初のころはいくら腕を動かし、水を掻いても前へ進んでくれず、 また波があり疲労してくるとだんだん海中に引きずり込まれそうに なるのである。 もちろん、伴走船の上から教官が常に監視しており、危険な状態に なると伴走船に引き上げてくれるのであるが、最終的には2?qを 常に泳ぎ切れるようにならなければ合格とは言えず、この訓練でも 数人の脱落者が出るのである。 夜、疲れた体を自分のベッドに引きずり上げ目を閉じると、 自宅にいた時の子供のころの自分が思い出され、雄二の耳に 生暖かい涙が溜まっていくのである。    「ママ、早く帰ってきてね」 パートの勤めに出かける母親を追って、大事にしているクマの ぬいぐるみを抱きしめ、どこまでもバスの後を追っていく自分の 姿を見てはっと目を覚まし、ベッドの上に起き上がっては 夢であったことを思い、涙でびっしょりと濡れている枕に触って、 また、楽しかったわが家を思うのである。 雄二は小さな時からおとなしい優しく、動物が大好きな子供であった。 先に紹介したクマのぬいぐるみも、3歳の誕生祝いに父親が
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