第1章

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住居は、二見港から歩いて10分ほどの処にある3階建ての公務員宿舎の2階で、ドアを 開けるとすぐ左手に6畳間があり、小さな廊下につながるダイニングキッチンがある。 ダイニングキッチンを挟んで、6畳の和室が2つある3DKが新しい住まいだ。 奥まった6畳の窓を開けると、すぐ目の前に裏山が迫っており、鬱蒼とした木々が生い茂 っていた。 1歳の誕生日を過ぎた清海は、かわいい盛りで何に対しても物おじせず、小笠原諸島に居 る外来種の「グリーンアノール」というトカゲを素手で捕まえてきては遊んでいる。この トカゲはちょうど人間の笑い声のような声の鳴き声を出し久美などは気持ち悪がっている のだ。 小笠原父島は熱帯に属しているようで、海開きをする1月から海水浴をすることができる。 久美は清海を連れて、毎日午前中は内浦の海岸まで散歩に出かけ、清海は浅瀬で波と戯れ て遊ぶことが日課になっていた。 海辺の浜は打ち上げられた白いサンゴが一面に敷き詰められており、久美は同じように小 笠原に転勤してきた、小学校教師などの家族と一緒にひと時のおしゃべりを楽しみ、清海 はその子供たちと仲良く遊ぶのが楽しみであった。 昼の弁当を持った雄二は、小笠原へ来てから買った自転車に乗り、二見港の裏側にある 保安署に通っていた。 平屋建ての白い建物の周りには、バナナ、マンゴーなど色とりどりの南国の植物が植えられ 広くて整然とした執務室にはさわやかな風が吹き通っていた。 どこまでも澄み切った真っ青な海辺の岸壁には、この保安署の唯一の乗り物である警救艇 のその白い船体が波に揺られていた。 雄二の勤務が休みの時には、辻堂時代に購入し、東京・父島間の定期連絡船、小笠原丸に 積んできた軽自動車に家族みんなで乗って、島中を走り回り、景色のよい海岸でお弁当を 広げ、波打ち際で水遊びに興じた。 雄二の両親も、清海の顔を見たさに二人で往復10万円もする小笠原丸の乗船券を買って 狭い2等船室に雑魚寝をしながらやってきたりした。 小笠原諸島は夏場は台風の通り道である。 雄二が勤務を終えて帰り着き、夕飯を食べて清海を相手に遊んでいた時のことである。 雄二の携帯電話の呼び出し音が鳴りだした。 緊急呼び出しだ。 グアムに向かって航行中のフランス人夫婦の乗った外洋型ヨットから救助要請が出ている という。
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