第1章

34/36

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
   「なんだ、もう少し清美と話そうと思ったのに」    「清美はもうジイジとテレビ見ているわよ」 雄二は牛乳でパンを胃の中に流し込んで、自転車にまたがり保安署へ出かけた。    「遅いですよ」。 野本保安官が「さざんくろす」船上で笑いながら声を掛けた。    「おはよう、ごめん、ごめん」 これから小笠原小学校の水泳練習の警備に出かけるのだ。 雄二は素早くウェットスーツに着替えると「さざんくろす」に飛び乗った。    「あれ?友田さん一緒に泳ぐのですか」    「ああ、遅れたお詫びに泳ぐよ」 本当は泳いでいる方が楽なのである。「さざんくろす」の船上からの警備は一見楽に見え るが、小笠原の10月はまだ強い日差しでしかも勤務ともなれば帽子こそ作業帽だが制服 を着ていなければならず、暑さとの闘いになることは前回の経験から十分に知っていた。    「よし、行こう」 高速警備救難艇「さざんくろす」は小学生達の待つ小湊の海岸目指して走り出した。 大勢の迎えの人たちでごった返している父島二見港の岸壁に、全長131メートルの小 笠原丸がその白い船体を横付けにした。乗降タラップが繋がると、色とりどりの服を着た 多くの人たちが、一様にサングラスをかけ、重そうなバッグを持って降りてきた。 出迎えた雄二を見つけた、派手なアロハシャツを着た若い男が大声で雄二を呼びながら、 手を振っている。 雄二もそれに答えて軽く手を上げた。        「遠いなあ、まだ足元がふらふらしているよ」 雄二が小学生の時からの同級生である、阿部が雲の上を歩くような足取りで雄二のそばに やってきた。    「お疲れさん、じゃあ行こうか」    「待てよ、まだ荷物を受取っていないから」 しばらく待つと、大きな荷物が降ろされ、仕分けの後番号を呼ばれた。阿部は    「あ!、俺だ」 と、駆け出した。 やがて、大声で    「おーい、友田、車は何処だよう。     こっちへ持ってきてくれ」 廻りに居た人たちが、くすくすと振り向いている。 雄二は苦笑いしながら阿部のそばに車を着けた。 大きな荷物である。    「これ、何だ?」    「あー、これはビールだ。お前が一人で寂しいだろうと思って、     大量に買ってきた。     ほかにお前の好きなバーボンもあるからな。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加