第1章

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    そうだ、肉もどっさり買ってきたから、今晩は職場の人も呼んで     焼肉パーティをやろうぜ。     お前が寂しいから来いなんていったおかげで、大散財だ。     1か月分の給料がパーになった」 にこにこしながらそんなことを言う阿部にハンドルを握っていた雄二は、視界がぼやけ そっと瞼を拭った。    「おい、早く出発しろよ。     それにしても小さい車だなあ」 阿部はそう言いながら    「あはは」 と豪快に笑っている。 その晩は社宅に住む5家族を招いて駐車場を空け、盛大にバーベキューを催した。 招いた5家族はそれぞれに釣りたての魚やら採りたての貝やら、新鮮の野菜などを持ち寄 り、飲み物のグラスが行きかい、夜遅くまで盛大な宴会が続いたのであった。 翌日阿部は、雄二がいつものように自転車に乗って仕事に出かけると、十一月というの に水泳パンツを穿き、雄二の軽自動車に乗って父島の探検に出かけた。 境浦から扇浦・コペペ海岸を周り、ブタ海岸、ジョンビーチへ抜けてみたが、この軽自動車 にはカーナビなど付いていないので、まず連絡船の発着所に行き、父島観光案内図をもらい それを頼りに出かけたのである。 何処から見る海も、すばらしく光っており、濃紺、青、薄い空色と鮮やかなグラデーション を織り成していた。 ジョンビーチで車を止め、海へ入ってみた。 砂交じりの砂利を敷き詰めた海岸はすごい透明度で沖まで続いており、直射日光にさらさ れた肩は痛いほどの暑さを感じるのであった。 雄二の家の洗面所にぶら下がっていたシュノーケルを着け、海中を覗いて見るとまるで熱 帯魚の水槽を覗いているかのような錯覚にとらわれてきた。 赤や黄色や縞模様、大きいのや小さな魚たちが、群がってあるいは一匹で悠々と、海面から 射す光の縞の中を泳いでいる。 阿部は昔話の浦島太郎を思い出していた 海岸の東屋にあったシャワーで体の潮を洗い流すと、今度は山側の道を通って帰ることに した。 笑いの旋風を巻き起こした阿部は3日後の小笠原丸で横浜に帰っていき、雄二はまた一人で 朝はパンと牛乳、昼はカップラーメン、そして夜は大村湾近くのスナックで軽く飲みパスタ などを食べて過ごすという決まったサイクルの生活を続けていた。 誰も居ない一人だけの正月も明け、3月に入った時、久美と清海が戻ってきた。
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