第1章

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他愛のない話をしながら、ガラス張りの明るい小綺麗なレストランへ入った。 中は冷房が効いて程よく冷えており、初秋の暑い西日を浴びていた二人には 快適に思えた。 それぞれ食事を注文し、食べ始めたが何だか二人とも妙によそよそしく、 美味しいはずの食事も味気なく感じた。 雄二は、頻繁に手紙のやりとりをしていたにもかかわらずたった半年間会わな かった内に、こんなにもお互いの距離が離れてしまったのが不思議でならなか った。    「ねえ、今晩は帰らなくてもいいんだろう?」 食事を終えてゆったりとした足取りで歩きながら、少し怒ったような口調で雄 二が言った。    「ごめんなさい」 泰代はそう言うと、ご馳走様でしたと小声で言いながら、人混みの中へ走って いった。 雄二は呆(ほう)けた様な顔で泰代の走り去るのを見ていたが、やがて踵を返 して歩き出しビルの地下にある一軒のショットバーに入っていった。 その晩雄二は荒れた。 バーテンダーの「もうやめたほうがいい」という言葉も雄二の耳には入らなか った。 真っ白な船体の前の方に濃紺色で、Sの字を横にしたようなマークが入り、同 じく濃紺色の煙突には鮮やかな白色で海上保安庁のマークであるコンパスが描 かれた巡視船「うらが」は横浜海上保安部前のバースに接岸していた。 太平洋の荒波を切って航行する海上保安庁第三管区所属のヘリコプター搭載型 巡視船「うらが」は狭いと言っても海保所有の巡視船の中では大型の部類に入 っていた。 だがその船が木の葉の様に揺れている。 横浜港を出港してしばらくは、出港時の忙しさに紛れ、また東京湾内のゆっく りした航行のおかげで巡視船の機関の振動を快くさえ感じていた雄二だが、船 が右手に観音崎の灯台を過ぎ、いよいよ外洋に出ると機関は本格的にうなりを 上げ、どしん、どしんと波頭が船腹を叩き始めた。 下を向いて便所掃除をしていた雄二はとうとうこらえきれず、今自分が掃除し たばかりの便器に頭を突っ込んで激しく嘔吐した。 舞鶴の学校にいたとき何十回と練習船で航海をし時化(しけ)の続く冬の日本 海へも数多くの演習航海に出たが、、やはり日本海と太平洋とでは波の質が違 うようだ。などと考えながらも次から次へと胃の腑を突き上げる苦い感覚に さいなまれていた。 雄二が中学三年生の時、16才になった同級生達の多くは学校が禁止している
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