プロローグ

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3  どうしてこうなったんだろう。  汗をびっしょりとかいた手を袖の長いグレーのカーディガンで隠すようにし、不安げに大きな目を宙で彷徨わせる。まだ付け慣れていない風紀委員と書かれた青い腕章に腕を通し、もたもたと廊下を歩く耶奈は終始何かに怯えていた。まだ早朝で誰もいない筈の廊下を、きょろきょろと警戒しながら歩く。左の袖口を口元に、右の手で心臓の辺りを押えながら息を潜ませる。まるで何かの襲撃に備えているような、大よそ学校でする筈のない警戒を、耶奈はこの学校に入学してから毎日のようにしていた。  大体、この学校はどうなってるんだろう。思い返せば、入試の時からこの学校は何かが他とずれていたことを今更ながらに思い出し、耶奈はその大きな瞳に涙をにじませた。  耶奈朝陽は今年入学したばかりの一年生だった。この私立西清和高校に耶奈が入学を決めた理由は二つある。一つは家が近かったからという単純な理由。もう一つは好きではない勉強をしなくても受かる高校だから、なんて理由からの選択だった。  勉強しなくても受かる高校。まさに、この西清和はそれが可能だった。  普通の高校では数学、英語、国語、理科、社会といった不変の五教科が入試試験として出されるのだが、西清和ではその五教科が一切出されない。西清和で実施される入試は、IQテストだった。  耶奈は偶然にも学校の資料欄から西清和のパンフレットを手にし、入試方法に『IQテスト』と書かれているのを見つけた。その独特の入試方法を数日訝しんだものの、パンフレットに載った校舎は建設されたばかりだからか広く美しく、更に家から徒歩で行ける距離と来た。耶奈はどう対策を取ればいいかもわからないIQテストにそれ程慌てることもなく、薄いIQテストの問題集を受験生の形として一応購入はしたが、結局一度も開くことなく入試に挑んだ。  そして結果。耶奈は合格した。真っ白な封筒に入れられためでたい合格通知と、まるでメインはこちらだと言わんばかりの水色の封筒も同時に届いた。  合格通知に素直に喜んでいた耶奈には、いつも日常的に感じる怯えや不安といった感情は全くなかった。同時に自分宛に来たその水色の封筒の口を綺麗に破り、中身を取り出して広げる。そしてその文面を見た耶奈は、喜びに緩んでいた表情を一瞬にして凍りつかせたのだ。 ここで耶奈は、初めて自分の安易な選択を、後悔した。
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