指輪の刻印

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沈黙の車内に、アーティスト名もタイトルも分からない落ち着いた曲が静かに流れる。 しなやかな黒い革張りシートは腰がすっぽり吸い込まれて、身を起こすのに腹筋が要るほどだ。 馴染みのない高級車のせいか余計に落ち着かず、隣でハンドルを握る黒木をそっと上目で窺った。 お見合いから数週間。 双方の部長がやたらにしつこく急き立てたのもあって、私たちの婚約は本決まりとなった。 麻生部長にせっつかれたのか、多忙なはずの黒木が時間をやりくりしてくれて、あれから仕事後に何度か食事をした。 数回会ったところで部長を仲立ちにして最終の意思確認があったけれど、驚いたことにそこでも黒木はすぐに承諾の返事をしてきたのだ。 本当に私で構わないのか、いまだに不思議だ。 今日は初めて黒木と休日を過ごすことになり、自宅まで車で迎えに来てくれてから五分、私はすでに緊張の限界にいる。
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