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「ああ。六月にね」
私を見下ろして黒木はにこりと微笑むと、腰に回した腕を引き寄せた。
恐怖におののきながら仕方なく真っ正面の寧史を見つめる。
「こちらは瀧沢里英さん。うちの経理部だよ」
ああ、何と言えばいい……?
真っ直ぐ立つのがやっとなぐらい目眩がしたけれど、さらに深く腰に回された腕に寄りかかるようにして口を開く。
「……こんにちは」
でも小さくこれだけ言って頭を下げるのが精一杯だった。
“初めまして”なんてとても言えない。
数ヵ月前まで、身も心もあの男の好きに貪らせていたのに。
ここまで自分の過去を忌まわしく思ったことはなかった。
寧史は口を開きかけたけれど何も言わず、毒々しい笑顔を浮かべて隣に立つドレス姿の小柄な女性を振り返った。
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