奪う女と奪われた女

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それは、その日の退社後に起きた。 昼間の陽気がまだ残る春の暖かな風に吹かれながら、いつか黒木の家に行ったらどんな料理を作ろうかなと、そんなことを考えながら、私はぼんやりと会社の通用口を出た。 “いつか”って本当に来るのだろうか。 私の手料理を本当に喜んでくれるだろうか。 有名料理教室に通っているという西野円香のことを思い出して、夕暮れの空のように気持ちが陰っていく。 彼女もあの部屋に来ていたのだろうか……? 「瀧沢里英さん」 駅に向かう路地に出たところで不意に後ろからフルネームで呼ばれた。 振り向いた私はそこに立つ人を見て、恐怖と驚愕ですくみ上がった。
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