空白の時間

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玄関を閉める彼の鍵には、いつか私がプレゼントした不恰好なキーホルダーが付けられていた。 ごめんなさい……。 それを見ると余計に切なさが込み上げて、涙をこらえながら口にできない思いを彼の背中に呟く。 今までこんな行為を止めてきたのはいつも彼だったのに、私が止めたのは初めてだった。 本当はずっと待っていたのに。 こんなに求めているのに……。 どこかぎこちない会話を残して車を降りたあと、窓際に立ってテールランプを見送りながら、ようやく私は涙を我慢することをやめた。 いつも私はあの光を見送りながら泣いている気がする。 でも今回ほど悔やまれたことはない。 降り際、いつものようなキスもなく、私に触れることもなく、彼はただ微笑んで「おやすみ」と優しく言っただけだった。 今日はありがとう、また電話するよ、と。 テールランプが消えると、今までで一番、激しく泣いた。 別れ際の彼の優しい笑顔が胸を刺す。 「どうして……」 自分をいくら責めても、あの時間は取り戻せない。 なぜかもう二度と、彼に会えない気がした。
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