始まりの夕暮れ時

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辺りを見渡しても、目に映るのは崩れ去った家ばかりだった。 「どうして……こうなるんだよ」 零次は唇をかみしめ、高校の屋上から壊れた街をただただ見つめていた。 家族の中で、何故自分だけが助かったのか。 そんな答えのない問いを、何度繰り返したかわからない。 倒れる家具に挟まれ、火災に焼かれ、生き埋めになったまま息を引き取り――。 死因は様々だった。それでも、その危機に遭わなかった自分がいる。 「君だけが、何とか一命を取り留めていたんだ」 レスキュー隊にかけられたその一言が、数秒前のように聞こえた。 「そんなの、認められるか……」  来る日も来る日も運命に縛られ、絶望するしかなかった。 そんな日々を脳は受け付けず、過去の記憶もろとも、闇に葬ってしまった。  記憶喪失、そう気付いたのはいつだったろうか、それもはっきりしない。  零次の表情が一瞬曇る。  思い出したくない過去と、思い出せない過去が、下ろせない重荷になって苦しめていた。  運命は、あまりにも気まぐれである。残酷なそれは、いつまでも癒いえるものではなかった。  追憶にいない大切な人々は、自分にとってどんな人であったのだろうか。 そう思うだけでも、胸が締め付けられるように痛んだ。  電車は速度を落とし始め、降りる駅に止まろうとしているところだった。  零次は黒い鞄を片手に席を立ち、隙間なく閉じられたドアの前まで歩く。  両側が引っ込むように開くと、無駄のない動きでホームに降り立った。その動きに、一切の感情はない。  冷たい人間だな、とつくづく思う。  零次は、自分を冷めた目で見ていた。自身の存在すら、否定的になっていた。  喜怒哀楽というものを、どこかに忘れてしまったようだった。  それゆえに、零次は人の指示を機械的にこなす。余計な考えを一切しないからだ。  結局、社会はそんな「優れた」人間を持てはやすのだった。
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