始まりの夕暮れ時

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 「……で? 何なんだ、お前は」  家具のほかに、一切余計なものが無いシンプルなワンルームの中。テーブルの前で椅子に掛けた零次は、窓の陽だまりから動かない猫に怪訝な視線を送った。  寝転がって気持ちよさそうにしている。ただ普通の猫でない以上、その容姿に「可愛い」など感じる暇はない。  猫は姿勢を正す――お座りだが――とこう言った。 「僕は夜の精、ナハトと申しますニャ。……『星空トリップ』はご存知ですか?」 「ああ」 今、世間で『謎の時空旅行』として話題になっている、いわば超常現象だ。  一夜にして、五つの夜を巡る――そんな不思議な事が起きたのは、数年前のことだった。  ある女性がブログにこう記したのが、事の発端である。  8/7 06:12:11「何だろう、夢だったのかな……昨夜の間に、イギリスとか中国とかの夜を、旅行みたいに回ったような感じが今朝したんだけどなぁ」 それに対しコメントは、  8/7 6:18:21「楽しそう! でも、夢だったんじゃないですか?」  8/7 6:22:07「実体験にしちゃあ、流石にあり得ないでしょう」  と、「夢だと思う」が大半を占め、この時はそれほど問題にはならなかった。  だがその後、似たような体験談がいくつかネット上に挙げられ、某有名サイトのトップニュースに「夢か、現実か? 謎の時空旅行」と取り上げられる程の知名度となっていた。  いつからか、その旅行は「星空トリップ」という名が付き、旅立ったものは必ず幸せになると言い伝えられている――。
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