第1章

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   「誰かいるのかな?」 ブーちゃんはヘルメットのあご紐を締め直すと、腰に付けた特殊警棒を確認し、 階段を上っていった。 灯りがついていたとおぼしき部屋の前でちょっとためらってから、勢い良くド アを開けた。 四十坪ほどの部屋に机が整然と並んでおり、その中に、ちょうど窓から二列目 の机に向かって、若い女性がなにやら書類に目を通している。 彼女の上の天井には、一灯だけ蛍光灯が瞬いていた。    「Y警備会社です。ご苦労様です、まだお仕事ですか?」 女性は一瞬驚いたようだが    「すみません、どうしても明日の朝までにしなければならない仕事なも     のですから」    「大変ですね、それにしてもお一人で誰も手伝ってくれないんですか?」    「いえ、私の仕事ですから、それにみんなに迷惑を掛けてしまって・・」   ちょっと瞳を伏せた時、長いまつげが目の下に影を作った。 肩まである髪の毛を軽くカールし、色白の顔をした、瞳の大きなきれいな娘であ る。 独り者のブーちゃんは、こんな夜更けにこの広い部屋に、たった二人だけでこん なきれいな娘といることに、なんとなく胸がどきどきした。    「まだ、だいぶ掛かるのですか?」    「すみません、ご迷惑ですよね」    「いえいえ、そんな迷惑だなんて」 ブーちゃんは相手の思わぬ反応にあせっていた。       「すみません、もうすぐやめます」    「あ、いやあ、あの、お仕事のお邪魔をしてしまいました。     もう失礼しますから、どうぞそのままお仕事を続けてください」    「すみません、本当にもう少ししたら帰りますから」    「それから、これは職務ですから」 と、ことさら職務を強調して    「お名前をお聞かせください」    「庶務課の滝沢京子です」    「滝沢さん、お帰りの時は警備のセットを必ずしてくださいね」 ブーちゃんは大きな身体を、ゆすりながら部屋を出て行った。  廊下の曲がり角まで来ると、そこに飲み物の自動販売機があることに気づき、 ポケットの財布から小銭を出して、缶コーヒーを二本買い求めた 缶を取ろうとした時、手を滑らせて2本とも落としてしまい、缶は大きな音を 立てて階段を転がっていった。 あわてて拾い上げたコーヒー缶は少しへこんでしまっていたが、ブーちゃんは
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