第1章

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    入しましたが、何か問題でもあるのですか」    「いやいや、そんなことはありません。     Y警備さんにはこちらこそいつもお世話になっていますから」 黒岩部長は慌ててジェスチャー交じりに否定した。    「申し訳ありませんが、これから話すことは、ここだけということにし     て下さい」 そう断りを入れると    「実は・・・」 と、話し始めた。  滝沢京子は、H金属の総務部庶務課に勤務するOLで、勤続年数四年であり 地元の高校を卒業後すぐに入社し、真面目に勤務に励んでおり、この4月、そ の真面目さが買われて主任に抜擢され今まで以上に張り切っていた。 昨日も、いつもより早めに自宅を出て、愛用の自転車で通勤する途中で、信号 を無視した大型トラックにはねられ、即死したという。 近く、株主総会があるので、滝沢京子にも庶務課ではあるが、手伝ってくれる よう指示していたのだということであった。 驚き、身震いするブーちゃんを見た、黒岩部長は    「ちょっとこちらに来てくれませんか」 黒岩部長の後に付いて行くと、昨晩ブーちゃんが滝沢京子と会った部屋に連れ て行かれた。    「滝沢君は何処にいましたか」    「あそこに」 言いかけて、ブーちゃんは    「あッ」 思わず声を出してしまった。 昨夜ブーちゃんと話した、彼女の座っていた机には、真新しい花束が花瓶に生 けられており、小さな菓子の包みが置いてあったのだ。 ブーちゃんは、自分でも顔色が青ざめていくのが良くわかった。 巨漢の割りに気の優しい彼は、危うく倒れそうになるのを必死にこらえ、立っ ていた。    「大丈夫ですか?」 黒岩部長の声もブーちゃんの耳にはうつろに響いている。 元の応接室に連れて来られ、ソファーにちょこんと腰掛け事務の女性が持って きた熱い紅茶に口を付けた頃、やっと我に返ったが、今の話を俄かには信じら れない、という強い気持ちが働いていた。    「これから、私は滝沢京子の自宅にお悔やみに伺うのですが、もしよろ     しかったら清水さんも、ご一緒しませんか」 ブーちゃんの気持ちが落ち着いたのを見定めたかのように黒岩部長が声を掛け てきた。    「ありがとうございます。私が伺ってもよろしいんですか」    「もちろんです。もちろんですとも」 黒岩部長がうれしそうな声を出した。
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