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っている。
S市に生まれた浩司は、伸江との結婚後しばらくは、実家のS市で両親と同
居していたのだが、真一が生まれ、子供の、孫の育児を巡って母、敬子との女
同士の対立に辟易し、S市の隣町でありまだ田園風景の色濃く残るここM市に、
庭付き1戸建てを構え移り住んだ。真一が小学校に上がった春のことである。
真一に妹の美代子が生まれ、弟の文雄が生まれたが、敬子は初孫の真一を溺愛
し浩司を悩ませていた。
浩司は動物が好きな真一、美代子、文雄
の情操教育にと、柴犬の仔犬を買っ
て来た。
3人の子供たちはその仔犬に「タロウ」とい
う名前をつけて、3人と一匹でまるでじゃれあうようにして、狭い庭を転がり
まわって遊んだ。
地元の高校を優秀な成績で卒業した真一は
北海道大学の獣医学部に進学し、札幌の大学寮、恵迪寮に入って生活している。
将来は好きな動物の面倒を見られたらいいなという想いがあるそうだ。
すっかり大人になった真一が久しぶりにM市に帰ってきた。「タロウ」が真
っ先に出迎え尻尾を千切れるほどに振っている。
真一も、覚えていてくれ喜んでいる「タロウ」を見つけると、抱き上げて頬擦
りをして
再会を喜び合っていた。
昨日遅くまで台所に入っていた伸江がテー
ブルに乗り切れないほどのご馳走を積み上げ
ニコニコしている。
鳥のから揚げ、豚肉の角煮、ピーマンの肉詰
め、ビーフシチュー、酢豚、真一の好きな物
ばかりである。それに刺身、おはぎ、寿司ま
でが飾られ、
「何だか、まとまりが無い料理だな」
浩司はそう云って、さっき、土産だといって
酒の好きな浩司のために真一が買ってきてく
れた北海道の地酒「北の誉」の大吟醸を出し
てきた。「北の誉」と書いたラベルには金文
字で「美禄」の文字が読める。
小樽の銘酒でかなり高価なものだ。
「飲むだろ?」
伸江がグラスを三つ持って、テーブルの上に
置いた。
「あれ?、僕たちのは?」
文雄が口を尖らせながら言うと
「自分で持ってきたら」
伸江の声に危険を感じた美代子が素早く立っ
てグラスと冷蔵庫の中からコーラを持ってき
た。
「お母さんがせっかくご機嫌なんだから、余計なことは言わないの」
グラスを自分たちの前に置きながら、文雄
に
言った一言がみんなを笑わせた。
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