第1章

8/9
前へ
/9ページ
次へ
何年ぶりだろう、こうして家族5人がそろ ってテーブルを囲むのは。 真一を中心として会話が弾んでいるみんなを 見ながら浩司がそんなことを思っていると、 傍らに置いてある電話が鳴った。 「はい、井上です」 伸江が出てみるとS市にいる母の敬子からで ある。 「あ、伸江さん?真一が帰って来ているんだって?」 「はい今朝帰ってきて、今お昼ごはんを食べているところです」 「じゃあ、ご飯を食べてから来るのかしら」 「真一がそんなことを言っていました? 聞いてみましょうか?」 伸江は振り返って 「真一、S市のおばあさんがいつこっちに来るのかって聞いているけど」 「俺だっていろいろ忙しいから、S市 には行かないよ」 真一が言う声が電話越しに聞こえたらしく 「あら、じゃあ私がそっちに行くわ」 ほとんど来た事も無い敬子はそういって電話を切った。 「おばあさん、こっちに来るそうよ」 「ふーん、まあ来るのは勝手だけど、俺はこれから出かけるからいない よ 「おいおい」 今まで黙っていた浩司が口を開いた。 「それじゃあ、おばあさんが可哀相じゃあないか」 「しょうがないよ、俺だっていろいろ会いたい人がいるんだから」 「お兄ちゃん、彼女のところに行くんでしょう」 そんな美代子の声に 「うるさい、子供は黙ってコーラを飲んでいろ」 夕方、まだ明るい時間に敬子がやってきた。 だが、その時には真一はもう出かけてしまっ た後である。 伸江は気の毒がってしきりに敬子を慰めてい たが、どうにも仕様がなかった。 「じゃあ、お父さん晩御飯をご馳走になって帰りましょうよ。 そ のうち、真一も帰ってくるでしょう?」 「おばあちゃん、無理無理、お兄ちゃんは彼女のところへ行ったんだか ら 今晩は帰って来ないわよ」 「美代子!」 伸江は目で美代子を叱りつけた。 「だって、本当の事だもん」 伸江に向かって「べー」と舌を出すと 「おばあちゃん、ごゆっくり」 美代子は軽やかに2階へ上って言った。 「全くしょうがないんだから。 お母さん、今晩お泊まりになって行ったらいかがですか お父さんもそうすれば久しぶりに、ゆっくり真一のお土産のお酒が飲 めますし」 「うん、そうだなあ」
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加