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わたしは先生とのあいだに行われるこういったやりとりをいつも楽しんでいました。
大学一年生のときのことです。ゴールデンウィークの休暇を使って故郷に帰ったわたしは母といい争いをすることになりました。テレビ番組をいっしょに見ながら次から次へと批判をくりかえすわたしに母は、
「あんたはいつからそんな屁理屈をいうようになったのね」
いいました。はじめわたしは母がわたしと議論をしたいのだなと思い、なぜわたしが社会に対してこうもクリティカルであろうとするのか真剣に述べました。対して母がどう切り返してくるのか興味深く待っていたわたしだったのですが、母はただ、
「そんな屁理屈やめなさい」
あきれた様子でいいました。わたしはまた母がそれを冗談でいったのだと思いました。しかし母は本気でした。母はわたしがいくら議論をつづけようとしても「議論」それ自体に意味があるということを理解できませんでした。わたしの意見(屁理屈)などは、だれも興味がないのだと切り捨てました。母はわたしに、
「早く寝てあしたは早起きをして田植えを手伝うように」冷たくいいました。
部屋に戻りわたしは悔しくて泣きました。
以来、わたしは理由なく故郷に帰ることをやめました。幸いなことに家族に不幸もなく大学のあいだは一度も帰る必要がありませんでしたが、就職が決まってすぐのころ姉が結婚したので帰省しました。そのときはわたしが他愛もない会話をすることに徹したためいい争いは起こりませんでした。
母はそんなわたしを見て満足気にいいました。
「やっとおとなになったわね」と。
「菊川くん、菊川くん」先生がわたしを呼びました。
「菊川くんはミキさんが処女だと思うかね」わたしは自分の耳を疑いました。
「先生、なにをいっているのですか、親族にきこえます!」
わたしがおおきな声でいってしまったため、気がついてわたしはあたりを見渡しました。あんのじょうミキのお婆さんと思われる方と目が合ってしまいました。お婆さんはわたしを見てすこしほほえみました。先生はそんなあわてるわたしの様子を眺め笑いながら、
「菊川くん、下ネタはきらいかね?」周りを気にするように今度は小声でわたしにききました。
「品のある下ネタなら気になりません」いうと先生は
「きみはやはりおもしろいことをいうね」いいました。
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