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先生はときおり「きみはおもしろいことをいうね」いうことによって人を認めている様子をみせるのでした。
わたしは田舎出身ということで大学入学時にはおおきなコンプレックスを抱えていました。自分がほかの学生とくらべてものすごく無知なのではないかと感じていたのです。先生はわたしが発言すると、
「きみはおもしろいことをいう」
いつもいってくれました。その言葉は若いわたしを励ましました。わたしは生まれてはじめて自分という存在が他人に認められたような気がしたのです。わたしは有頂天になり先生にできるだけ驚いてもらえるようなとっぴなことをいおうしました。先生はわたしの考えがとっぴであればあるほど驚いた表情をしてくれました。わたしにはそれがうれしくてたまりませんでした。
そういった時期もありました。
「いまの学生はすっかりおとなしくなってしまってね」先生がいいました。
「わたしのときからすでにそうだったと思います」いうと、
「きみはおとなしくももっとエッジの効いたことをいったものだ」
わたしがわからないような表情をしていると、
「なにかこう、エナジーを感じないのだよ。あふれんばかりの性的エネルギーというかね」
「先生……」
「けっきょく学問というのはね、あくなき自問自答。くりかえされるマスターベーションなのだよ」
「先生! ここは結婚式場です。ちょっと飲み過ぎではありませんか」
「すまんすまん」先生はいって笑い、ワインのおかわりを注文しました。
「そもそもわたしがきみたちにいちばん教えたかったことはだね……」
先生が右手の人差し指を掲げてわたしひとりに対してなにか演説をはじめようとしたとき、司会の方がマイクで話しはじめました。
皆様お食事を楽しまれているでしょうか、いう内容の他愛もないものでした。
「うるさい司会者だ」先生が毒づきました。
「なにをいおうとしていたかあの女のせいで忘れてしまった」
いら立った様子で目の前のワインを一気に飲み干しました。あの女なんて口のわるい……わたしがそんなことを思っていたとき、
「菊川くん」先生がわたしに呼びかけました。
「なんでしょうか」
「ここを出よう」
「ここをって、式場ですか?」
「そうだ」
「そんなのダメですよ。先生、なにをいっているのですか」
「なにがダメなのかね」
「だって、披露宴を途中で退出するなんて常識じゃあり得ないことでしょう?」
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