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いって先生は芋焼酎のお湯割りをおかわりしまた。
「しかしね」定まらぬ視線で先生が、
「それで仕事の話をしないとなるといったいなんの話をしていいものやら」
わたしが同意すると、
「おとなになるとね、自分がつくづく詰まらない人間になっていると気がつくよ」
自虐的にいうので、
「先生はそんなことはないと思いますけど」わたしがヨイショすると、
「いやいや、これがぜんぜんダメなんだ」わたしの目をみつめて、
「会話のインポテンツとでもいおうか」
先生はわたしのために梅酒をおかわりしました。わたしがまだすこし残っていた梅酒を飲み干すあいだ先生はその様子をじっと眺めていました。その視線にわたしはなぜかまた無償にはずかしく感じてしまい、きょうはすこし飲み過ぎてしまったかなと思いました。前菜、刺身、焼き物とつづいたあとわたしが、
「ご飯はだいじょうぶです」いうので先生はそれをスキップしてデザートをくれるよう給仕の女性に伝えました。
デザートはゆずのシャーベットでした。先生は、
「デザートが思ったよりもちいさいな。やっぱり例のタルトを食べにいこうか」
「いえいえ、けっこうです。ありがたいお誘いなのですがじつは甘いものがあまり得意ではないので」
「そうだったのだね。じつはわたしも甘いものは、あのこそくな感じがどうも苦手でね」いいました。
「こそくな? 感じ、ですか」
「そう。なにかあのだまされているような感じだよ。正直でない女のような」
「先生は変わったことをいいますね」
「まあじっさいね。砂糖というのはね、じっさい脳をだましているのだよ。まあ、瞬間的な快感を与えるという意味でね」
「はあ」わたしがまたあいまいに答えると、
「まあ、瞬間的な快感がダメだといっているわけじゃないよ。セックスもそうだしね」
最後は必ず下ネタに戻って来るというパターンの会話は先生の得意技でした。こうゆう会話のパターンまでわかり合える関係性を築けたのはわたしにとってあとにも先にも先生しかいませんでした。
「本は読んでいるかい?」先生が訊きました。
「いえ。おはずかしいのですが仕事がはじまってからというものまったくです」
「忙しいのだね」同情するように先生がいいました。
「はい。帰宅するのはいつも終電近くで朝も早く土日も出勤ですから」
「休みはないのかね」
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