9人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの子もどうせアルバイトか契約社員だろう。これだけのスタッフを雇っているんだ。この結婚式にどれだけの金がかかっているのかは想像できるよ。どこかの南の島ではまだ行われているような村を挙げての手作りで新郎新婦を心から祝う祭りのような結婚式と、このように企業勤めのウェディングプランナーによってつくられたマニュアルどおりでどれもこれもおなじような日本の結婚式をくらべてもみてもなんの意味もないのだろうけど、現代社会において結婚というのはとにかくこうやって大勢の人間の雇用を産む一大産業なのだろうね」
いってわたしの顔を見上げました。そしてなにかを急に思い出したかのように決まりのわるい表情をみせました。
先生はわたしがウェディングに携わる仕事をしているということをいまになってようやく思い出したようでした。先生はコホンとまたわざとらしくせきをして、
「菊川くん、そういえば、ほかのみなさんは元気かね?」
不自然に話題を変えていいました。
ほどなくスープが運ばれて来ました。夏の結婚式には定番の冷たいポタージュでした。先生はスープを一口すすり、
「お・い・し・い」おおげさにいいました。そして、
「菊川くん、きみのことはよく覚えているよ。髪が長かったよね」いうので、
「そうでしたね」すこしはにかんで返しました。
「しかしきみはこう、なんというか、責任感のあるしっかりした性格だったような印象があるなぁ」先生はその五十五歳にしては黒々として多く長い髪を右手でゆっくりとかしながらいいました。
「そうでしたでしょうか」
「そうだったよ。きみがよくいっしょにいたグループがあったよね。きみと小林ミキくん、あとはだれだったかな」
「ミキと望美、それに裕子ですか」
「ああ、望美くんに、裕子くん」
「あと、孝志ですね。覚えていますか?」
「もちろん覚えているよ。みんな元気かな」
いってすこし考えて、急になにかを思い出したかのように、
「ふうむ。いや、ちょっと思い出してね」
「なにを、でしょうか?」
「わたしのゼミでは毎週、きみたちに課題を出していただろう」
わるい予感がしました。先生はつづけて、
「孝志くんはもちろん、望美くん、裕子くん、小林ミキくんもだけど、彼女たちはいつもきみのレポートを写していたんじゃないかな」
わたしが気まずそうに、
「先生、わかっていらしたのですか」いうと先生はすこし笑ってから、
最初のコメントを投稿しよう!